おはようございます。
5月になったね〜〜(もう中風)
この前友達ともう中みたいに話してたから、何かこの文を書きたくなった。
4月の後ろの方は、あまりラッキージュースを書けなかった。理由は、書きたい内容がないのと、他にやることがあった。とはいえ書けなくはなかった。
5月は学校生活が本格化して更に投稿頻度は低くなると思う。まぁそんなのどーでもええよな。
ここで本題に入るか。
それは、「死ぬ準備」のお話。
私の性格、知床の観光船の事故や、私の登山スタイルを考慮すると、この死ぬ準備は早めにしたいって思った。その理由は以下3つ。
まずは、性格的な事。それはチャレンジ精神と好奇心が旺盛で無鉄砲。ポジティブに捉えるせいで、反省が軽い。危険を顧みない行動をしてしまう。
そしてあの事故からは、いつ死ぬかは分からない。ということを学んだ。
そして、最後の登山スタイル。それは、どんどんと登る体力任せのハイペース登山(←危険)。
結局これで何を言いたいかよ。
それは、私の死の準備をしよう、ということ。
死ぬ直前に後悔したくないんよ。でも死んだら何もできないやん。それが悔しい。だから、行動ができる今、死ぬ準備をしようと思う。
じゃーさ、具体的に死の準備は何をするの?
まぁーそうなる。
遺書を書く?
葬式のプランを立てる?
全財産を使い切る?
思い残すことがないように言いたいことは全て言う?
できることは全てする?
パッと思いついたのでこんくらい。
しかし私はその死の準備をする。全財産を使い切るは渋るけどそれ以外はする。言いたいこと全て言うには例外はあるが。。。
遺書を書く、葬式のプラン、言いたいことを言う。できることはやる。この4つはやる。決めました。
ま、そんなわけだ。真面目に書こ。
その出来上がったのは私の机の右側の引き出しに入れるわ。もし私が死んだら開けてね。
じゃまた。
今日の余談「反出生主義」
これ簡単に説明すると、出生,出産行為に反対する考え方。生きている方が辛いよね、なら生まれない方が良くない?って考え。
読者さんの方、どう思う?
共感や同意できる?それとも違うんじゃないかって思う?
私は昨年秋この言葉を知りました。
死ぬ準備をするにあたってさ、考えるんだけど、私はね、生きてて良かったと思う。
けど、「反出生主義への反論を教えてください」っていうYahoo!知恵袋のベストアンサー、面白いね。
これ読むと私は考えるだけ無駄なのかなって思う。